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日常の出来事、想いを記します

要らない人

 「要らない人間なんていない」
…とか言うが、そんな言葉は、現実の前には何の意味もない。
人は、他人の気持ちを想うとき、あくまで、自分を取り巻く環境の範囲でしか考えられないからだ。
 平和に人生を送っている人には、そうでない人の気持ちは理解できない。
「あなたの気持ちは良く判る」なんて綺麗事だ。


 最近、この地区で、微妙な病死が出た。
年齢的に、養育放棄にも、老人虐待にもあてはまらないが、
その家族が、病人を放置した結果なことは確かだ。

 彼を、仮にAとする。
Aは、両親との三人暮らし、Aには妹が居たが嫁いだ。
 Aは、あまり頭が良くないというか、言い方は悪いが知恵遅れというか、
自動車の免許が取れないレベルのことは間違いない。

 その実家は大地主、付近の土地は、ほとんどがA宅の物と言っても差し支えないほど。
この田舎において、今では珍しい養蚕をもしている。
骨董商を営む父親の収益で、総資産は億単位と言われているが、
半強制的の下水道加入も拒否、地区の区費も拒否するようなケチだ。
 だからこそ、億単位の資産が溜まるのだ。

 金を貯める一番いい方法は、入った金を使わないことである。
煩悩だられのヒトは(←その代表格 リコリス)それが出来ないから貯まらないのだ。

 
 Aは、学校卒業後、働きに出ることはなく、実家の農業が仕事だった。
50才前後の今まで、特定の女性も結婚相手も無く、日に数回、近所のスーパー前の自販機に缶コーヒーを買いに行くのが日課だった。

 彼にとって、それが唯一の楽しみだったかもしれないが、
その不躾な視線から、老若を問わず、付近の女性には微妙な嫌悪感を持たれていた。
「しつこく振り返って見る様が、なんとなくキモチ悪い」というヤツだ。
私自身、Aとすれ違うのが鬱だった。
 まあ、過去に、それらしい事件があったのも、原因の一つだと思う。


「ヒトの口に、戸は立てられない」
というが、この田舎で、何かやったら、一生語り継がれるのは間違いない。
インターネットは使えなくても、密に敷かれた「婆ネット」がある。

 子供の頃にボヤを出したオヤジが、
老年になり、自宅付近の枯れ草焼きの最中にボヤを出したことがあった。
人々は、大昔のボヤ事件を持ち出し、「また、××が火事を…」

 おいおい、半世紀前のボヤを持ち出すって…
殺人犯でも、模範囚なら仮出所してる年じゃないか?

 とにかく、田舎は、閉鎖的で恐ろしいところなのだ。
田舎のプライバシーは、全く無いに等しい。

 ウチの本館を見て、「自然一杯で、人情のある田舎に住みたい」
などと勘違いをしている人が居たとしたら、すぐに改めた方が賢明だ。
物事には、必ず、「表と裏」というものが存在する。



 さて、本題だ。
半月ほど前だったか、朝、地区に救急車がやってきた。
その夕方、買い物先のスーパーで、Aが病死したことを知った。(←婆ネット加入?)
 A宅の隣は、わんこ友達B宅、そこはA宅と親戚、その隣の家Cは、より濃い親戚である。
ついでにいうと、うちの向いの本家は、C宅と付き合いが深い。
 これが、田舎に敷かれた「爺婆ネット」だ。


 花撮りの途中、挨拶に寄ったB宅で、花の話をした後、世間話として詳細を知った。
親戚が、世間体の良くない内情をペラペラ話す場合、そこの家とは仲が良くない証拠である。
A家族の対応への憤慨も含め、誰かに話さずには居られなかったというのもあるだろう。


 Aは、体を悪くして、食事もできない状態で寝ていたらしい。
その少し前、痩せこけたAが、ヨレヨレで歩くのが目撃されていた。
(「食事もできない」というのは、Aと病院で会った親戚CからBへ)

 その朝、救急車を呼んだものの、既にこと切れていて、即、自宅へ帰された。
いくら偏屈でも、ケチでも、(トウが立ったとはいえ)子供が死ぬほどの病気なのに、病院へも連れていかないものだろうか?
 「昨日まで元気で、朝死んでた」とかの突然死じゃないんだよ?

 同居の父親は、車の免許を持っている。
老齢の今でも、日常的に軽トラを運転しているが、
父親がAを乗せて出かけるところは、付近の誰も見たことがないそうだ。

 いくら頭が良くないとはいえ、Aは幼児ではない。
具合が悪ければ、タクシー呼ぶなりして、自分で病院くらい行けないか?という疑問が起きる。
 実は、病院は行ったのだそうだ。(C宅証言)
しかし、診察の手続きができず、診て貰うことなく帰ったという。


 いくら世間知らずでも、いい大人が、そこまで無知か?
とも思うが、そういうことを、同居の親が知らないハズは無い。
 ならば、普通、親が同行しないか? 
そう、親は、自分の子を(結果的には)見殺しにしたのである。

 自分の子が、自分より、はるかに劣っていたから要らなかったのか、
単に金が惜しかったのか、何にも考えてなかったのか…
 「要らない子」だったということだろう。


 しかもだ。
虫の息で搬送される息子の付き添いを、父親は、即答で断ったという。
理由は「蚕(カイコ)の世話をしなきゃならないから」
 おいおい、息子が死にかけてるんだが…

 仮にだ。
要らない息子でも、まだ自分が生きてる以上、今後の世間体というものがあるだろう。
普通の人は、思っても、口には出さない。

 もちろん、蚕は、そんな瞬間的に死ぬようなものではない。
父親が偏屈でも、普通、母親が付き添わないか?
 「類友」というが、なんともはや…

 病院から戻った遺体、話を聞いた近所の神主Mが(A宅は神道)
A宅へ駆けつけると、「××は死んでない。オマエなんか帰れ!!」
 神主MとA父は、過去の神社建設と観音堂建設で、
地主A宅との意見の食い違いがあり、警察沙汰にもなり、以後断絶状態。
 田舎特有の、地元の権力者同士の争いというヤツだ。

 私から見ると、Mも、どことなく胡散臭く感じる人間ではある。
調子がいいとでもいうか…。
だが、そういう相手にでも、職務を果たそうとしたところは常識的と思う。


 A父は、駆け付けた親戚も追い返した。
普段から、親戚は激しく疎遠。
A父は、親戚に財産を盗られると思いこんでいるらしい。
ドラマでありがちな、資産家の年寄りの定番的思考か?
 
 一方、疎遠にされた親戚たちは、事情を知らない周りの人たちに
「A宅を村八分にするのは良くない」と苦言をされるそうだ。


 結果、その後もろもろのことについては、
近所の「それほど敵対関係ではない」人が手伝ったらしいが、
仲がいいわけではないので、内情をこと細かに婆ネットに載せた。
 そのあたりは、キリが無い非常識ぶりなので省く。


 Aの葬儀は、地元の坊さんを呼び、町に出来たばかりの葬儀会場でおこなわれた。
あの家族に、あの息子、果たして、どれだけの出席者が居たのか…
 全てに、鬱鬱とした出来事だった。
 
 Aは、死後、地区の人々から気の毒がられているが、
死んでから言われても、なんだかねぇ?
 
 私の主義は、
「誰かが死んでから、
何万回と墓参りにいき、墓石に語りかけても、豪華なお供えしても無意味。
会いたい人が居たら、一回でもいいから、生きてるうちに会え!」だ。 
 
 ちなみに、かくいう私の父親も、ここまでは酷くはないが、微妙に同類である。
過去に、ああいう事例で家族を亡くしててもアレでは、
例え、私が死んでも変わることはあるまい。
(叔父にまで断言されているし…)
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