そういえば、PC、まだ長期保障期間内だったんじゃないか?
どう数えてみても、まだ5年は経ってないし。
風呂から上って、書類を見てみれば、2003年の日付けになっている。
保障が切れたと思っていたが、何かと勘違いしていたようだ。
とりあえず、明日、店へ問い合わせてみよう。
来春には車検も控えて居るし、例の当て逃げ事故の修理代(一割だが)も、まだ未払いだし、とても、オモチャ(PC)なんぞ買っているような余裕は無い。
そして今日、PC修理の問い合わせをしてみると、保障圏内修理の模様。
症状から、多分、キーボードじゃなくて、もっと元の部分。
今年始めに交換したし、その前から、ポツポツと症状が出ていたから、HDも除外。
仕事がきりついたら、修理に持っていくか。
そうなると、また、ネット落ち→再設定コースか…
完全腐女子設定「地球へ」バージョンPC、もう、見得なんてかなぐり捨てて、このまま出すか。
ちなみに、今の壁紙は↓だ

私のような一般人にとっては、PCは「ただのオモチャ」にしかならないのが問題なのだ。
株やっているとか、ネットショをやっているとか、原稿書いてる…とかなら、投資のしようもあるが、接続代は要るわ、周辺機器は要るわで、結局、散財の元でしかない。
趣味で、せっせとサイトを構築しても、キー一個で全部消えてしまう。
「ネットの中の世界」というのは、どれも、形を成さない夢のようなものだから。
時々、自分のしていることが、酷く、非生産的に思えて、益々自分がイヤになることがある。
そもそも、そこに載せる「写真」ってのも、所詮、カメラが映したもの。
技術云々と言ってみたところで、撮影者自身が描いた世界ではないのだ。
要望があっても、美術界では、写真をカテゴリ入れしないのもうなづける。
まあ、人生そのものが、消費と破壊の連続でしかないんだが、それは、タブーだから、生きていく人は、気付かないフリするしか無いんだろう。
それに気付いてしまった私は、何をしても面白くない生活を送っている。
そもそも、なぜ、生きなきゃならないんだろう?
「生きることが善」基準は、その人が、自分が生きるのに都合のいい理由として位置づけているに過ぎないのだが。
そういう人を非難する気はさらさら無い。
「恋人が居るから生きたい」とか、「酒を飲みたいから生きたい」であっても、とりあえず、その人がそれで納得しているのなら、別に他人がとやかく言うことでは無いと思うから。
それと同じく、私に、そういう価値観を押し付けないでくれればいいだけの話だ。
でも、「恋人が居れば幸せ」とかなら、楽でいいよなぁ。
私の場合「恋人類は、その愛情すら縛りの重荷」基準でしかないから。
仕事やなんかでバタバタしているうちに、気付いたら、ケータイのカード期間(プリベイド)が切れていた。
使わないにもほどがある。
今月なんて、一度も使ってない気がするし、だいたい、電源自体が入っていない。
私が好んでうろつくような場所は、圏外ばっかで、タマに電源入れれば、間違い電話(詐欺ワンギリ?)らしきものが入ってくるんでウザい。
車停める場所探して、バッグから出せば切れて、知らない番号って、どんだけぇ〜!!
待ち受けの必要?
はっきり言って、全く無い!
元々電話嫌いだし、買い換えてからは、仕事関係以外、誰にも番号を教えて無い。
公衆電話が減っていなければ、ケータイなんて持たないのになぁ…
多少高くついてもいいから「何ヶ月分」のカードより、その場だけカード入れて使えるようなプリケーがあればいいのに。
eメールが使えないのが難だが、料金では、前使ってたauのプリの方が、結果的に安くてよかった。
いや、圏外も少なかったような…
いっそ、この機会に、いつまで使わないで居られるか、トライしてみるか。
って、期限内にカード入れないと、ケータイそのものが期限切れになるからダメか。
メンドクサ…
不思議でしょうがないのは、卵ひとパックの値段を、十円単位で右往左往する主婦が、自分のケータイ料金を、無駄とは思ってないことだ。
「家族割りで安い!」とか叫んでみても、家電一基に比較したら、安いとは思えないのだが。
ネットをうろついていて、あちこちで見かけていたが、アホらしくてスルーしていた「脳内メーカー」
遅ればせながら、やってみたら、微妙に合ってる感。
…まさしく、微妙な気持ちだ。
苗字と名前間にスペースを入れると結果が違うらしい。
無し↑とアリ↓

