「前線が停滞していて…」て、また雨かいな…
明日も微妙だし、このまま冬がきたらイヤだなぁ。
昨日、近所の奥さんが訪れ、微妙なことを言った。
タテマエは、犬のバリカンを売ってる店を聞きにきたようだが、どうも歯切れが悪い。
ネットも繋いでいるらしいが、例によって、あまり活用はしていないもよう。
くどいようだが、ここいらの人の金銭感覚は理解不能過ぎる。
ドの付く田舎で、リアルに近所へ聞きに行くよりも、ネットで探した方が早いし、
隣市へ往復するガソリン代より、通販の送料の方が安い。
そこンチは、それなりに潤っている。…と思う。
娘夫婦や叔母に、バ〜ン!と新居を建てるような一家だ。
アマ用バリカンなら、数千円だろう。
二回刈れば元が引けると思うんだが…
(注 普段は動物病院で有料カット)
そもそも、犬を飼えば、その先十数年かは、確実に一定の金が要るもんだ。
「子供が面倒見るって言うから…」って、
自分が子供だった頃を思い出してみれば、子供の言う「絶対」が
いかに当てにならないモンだって判らんか? 私にも憶えがあるもんね。←そこ、威張るところじゃないから
どうも、口ぶりからして、私に犬のカットをして欲しいようだ。
犬が弱ってるから、車で病院まで連れていくのが億劫らしい。
っつーか、そんなんだったら、カットよりも、先に病院行かんか?
犬飼いが、必ずしも犬好きとは限らないのは判っちゃいるが…
その犬は、以前にも一度カットしたことがあるが、犬が言うことを聞かなくて散々だった。
全くしつけがしてない。
押さえようとすると、飼い主にすら咬み付こうとする犬である。
ちょこっとお礼を貰ったが、私では、とてもプロにはなれんな、と思った。
最近、オクもサッパリだし、僅かでも、材料費の足しにはなる。
「丸刈りでいいならカットしてもいいよ」と言うと、即答。
(なら、最初からそう言えばよくネ?)
タマに、妙な依頼が来るんだが、なんつーか、変なんだよね。
貰った古着を(←しかも相当使用感アリ)特に気に入っているわけでもないのに、
金出すから直してくれ、とか。
しかも、又聞きの依頼なので、ブツがどんなモノかも判らない。
近所なんだし、元の依頼主も大人なんだから、まずは自分で言えよ、と。
手間賃貰うんだから、いいと言えばそうだけど、相場ってモンがあるやん?
「もったいない精神」は判るけど、根本的な所で勘違いがあるのか、無知なのか…
着古した服のサイズ直しを依頼するくらいなら、
町内のスーパーで980円の新品買えよ、と言いたくなるワケだ。
こっちに戻ってから、一番変な依頼は、「
うちのキリギリスを撮ってくれ」だった。
当然、籠に飼っていると思い、行くと、「
庭のどこかに居るから探すわ」
おい… それ、「ウチの」とは言わないんじゃ?
幸い、キリギリスが居たから良かったけど、
「真夏の庭でキリギリス探し撮り」って、すんごく疲れた。
それはともかく、犬の急患を連れてこられたひにゃ…
「ウチは病院じゃないんだ。 だいたいのことは判っても治療は出来ない。
さっさと病院へ電話しろ!」と追い返した。
ホント、
この辺の人って、ワケ判らん。私の場合、個人的に
変人なだけだ。←自称は当てにならない
そして、今日、(10/6)くだんの出張カットに行った。
犬は、私が玄関へ入っても、吠えに出てこなかった。
おい、かなり弱ってるやんか。
「カット中に死んでも責任持てんよ」と念を押し、カットに入る。
ちなみに、そこんチには、犬用の櫛一本も無い。
その犬、10年は居るんだが…
やっぱり、犬は相当弱っていた。
しかも、長らくの放置プレイ結果、足の爪がトンデモな長さになっている。
アリクイかコアラですか? みたいな。
(もちろん、爪切りなんて無いので持参)
飼い主と共に、すったもんだの作業が続く。
犬は次第に機嫌が悪くなり、マズルを押さえようとすると牙を剥く。
それでも、
前回よりは、はるかに大人しい。
ウチのアナに比べたら、全然大人しくないが。 まあ、冷凍マグロ状態のアナに比べるのもどうかとは思う。
押さえつけ、なだめつつ、そこらじゅう毛だらけになりながらも、ようやくカット終了。
なんせ、相手が他所様のナマモノなので、激しく気疲れしてしまった。
余裕があれば、プロ用のバリカンや鋏が欲しい。←タテマエ
イヤ、そんな余裕があったら、車治して、も一回、北海道行きたいわ ←本音
…と、昨夜放映の、船転覆映画を見ながら思った。
オマケ
新日本海フェリー
「すいせん」漂流事件 ←全然気にしてないので、その後も乗った
小雨の中、裏のコスモスを撮ってみたけど、いまいち過ぎ。

雨粒に景色が映りこんではいるが…
こんくらいの大きさの花だと無理があるかも。



↑ ↓両方ともフレーミングに失敗

一昨日、(3日)隣町の病院へ、わんこの薬を取りに行った。
その前日、地元新聞に、隣町の彼岸花が載っていた。
モノ好きオヤジが個人的に増やしたものらしい。
動物病院は、その隣町である。
こりゃ、寄らない手は無い!
田舎だし、「市道脇」と書いてあるから、行けば判るだろう。
一応、地図は見たけど、多分、無駄。
田舎に行けば行くほど「×丁目」とかいう区分が無いので特定し難いのだ。
田畑や空き地などなおさらだ。
私が常宿にしていた美瑛の宿なんてスゴイぞ?
「美瑛町 ×地区」 で、いきなり宿名だ。
そう、物凄い田舎へ行くと、番地すら無いのだ。(あっても判らんが)
あんな広い田畑ばかりで、信号はおろか、店すら無いのに、特定できんわ!
そういう意味では、そこそこの街なら、信号や電柱に地名が出ているから目的地が判り易い。
午後からの診察に合わせて出たので、隣町に着いた時には陽が暮れかかっていた。
「ちょっと寄り道」の積もりなので、30分もあればいいだろうとの予想は大幅に狂った。
地区名の方向表示が出てないし。
マズイな〜
これは、誰かに聞くしかない。
ここで、また
田舎の特性だ。
道を聞くには、人選が大事だ。
田舎には、極端に若い人が少ない。
「若い」ったって、小学生や中学生じゃ話にならない。
車の運転をする人、もしくは、隣地区くらいまでの行動範囲が可な人。
町内のスーパーの事情とかならば、地元のおばさんの方がいい。
花となると、興味の無い人では、隣に咲いてても、全く気づかないのも普通だ。
家の前にボーっと座っているようなお婆じゃ、道を知っている以前に、
会話が成り立つかどうかも怪しい。
って、この辺、年寄りしかいないやんか!
(うちの地区もそうだが)
両側にポツンポツンと家が並んでいる。
道は次第に狭くなる。
しかも、バス停があるのだ。(こんな狭い道でパスが来たら…)
挙句、突きあたりで苦労してターンなんてイヤだ。
その時、犬の散歩をしているオヤジが目についた。
想定の年を少々越えてるようだが、この際仕方ない。
意外にも、そのオヤジは、彼岸花のことを知っていた。
が、
道の説明が全然判らん! 「ここを、ず〜っと行って、つきあたりを右へ曲がり、
ず〜っと登って行くと、行き止まりで、そこに咲いている」 何キロくらいなんスか?とか聞いても、
「ず〜っと…」 じゃ、相当奥なのか?と聞いても、
「いや、ず〜っと行けばすぐ」そればかりなんで、こちらから、色々想定して聞いてみる。
先の道は狭くないか?
狭いところで、何度も待機してすれ違いするくらいなら、一旦国道へ戻った方が楽だ。
「いや、ここは旧国道だから、そんなに狭くない。曲がった先はず〜っと広い道」
私の思い浮かべたのは片側二車線の道路である。
そんなん、こんなところにあったっけ?
ダメだ、いくら聞いても、地形が頭に浮かばない。
まあ、地元の人だから、自分は判ってる分、そういう説明になるんだろう。
入口は見当がついたし、行けば判るだろう。
どうでもいいが、道、狭いやんけ!
あのオヤジは〜!(軽トラなら、そんなでもないかも知れんが)
…甘かった。
こんなに走ってもまだ着かない。
全然「すぐ」じゃないやんけ!
今更引き返すのもアレだし、とにかく「突き当り」まで行けばいいか。
道は、ずっと登り坂で、ずんずん山奥に向っている。
花は見えない。
辺りの田の畔には、彼岸花の痕跡が見える。
盛りを過ぎた様子を見て、気が萎える。
えらく長い時間に感じたが、ホンの数分だったんだろうか?
カーブを曲がると、唐突に、道が半分の狭さになった。
はぁ〜? 市道から外れたんか?
イヤ、オヤジは、「ず〜っと登る」と言った。
目の前にあるのは、片側山、片側は谷の薄暗い道、
どう見ても、花が咲いてそうなスペースは無い。
アカン!
こんなところで対向車が来たらすれ違えない。
もしかしたら、狭いのは数メートルの区間だけかも知れないけど、
知らない道では待避所も判らない。
何か起きないうちに戻ろう。
陽は暮れる。
向いの山には濃い霧が掛り、今にも雨が降りそうだ。
少々後ろ髪を引かれたが、昨日一昨日と、二日連続で彼岸花巡りをしたばかり。
もう十分だろ。
病院へ寄り、薬を受け取って山を降りる。
病院は、山の頂上付近に建っていて、どちら側から行っても、道は、大部分が狭くて急な坂道だ。
途中に観光施設があるので、初めて来る観光客も居る。
どっちにしても鬱陶しい場所だ。
しかし、アレだ。
目的寸前で引き返すのって、疲れ方が違うよなぁ…
もしかしたら、あのまま進んでたら、物損事故にでも遭ったかも知れない。
と、自分に言い聞かせた。
今年の彼岸花の季節も終わった。

「要らない人間なんていない」
…とか言うが、そんな言葉は、現実の前には何の意味もない。
人は、他人の気持ちを想うとき、あくまで、自分を取り巻く環境の範囲でしか考えられないからだ。
平和に人生を送っている人には、そうでない人の気持ちは理解できない。
「あなたの気持ちは良く判る」なんて綺麗事だ。
最近、この地区で、微妙な病死が出た。
年齢的に、養育放棄にも、老人虐待にもあてはまらないが、
その家族が、病人を放置した結果なことは確かだ。
彼を、仮にAとする。
Aは、両親との三人暮らし、Aには妹が居たが嫁いだ。
Aは、あまり頭が良くないというか、言い方は悪いが知恵遅れというか、
自動車の免許が取れないレベルのことは間違いない。
その実家は大地主、付近の土地は、ほとんどがA宅の物と言っても差し支えないほど。
この田舎において、今では珍しい養蚕をもしている。
骨董商を営む父親の収益で、総資産は億単位と言われているが、
半強制的の下水道加入も拒否、地区の区費も拒否するようなケチだ。
だからこそ、億単位の資産が溜まるのだ。
金を貯める一番いい方法は、入った金を使わないことである。
煩悩だられのヒトは(←その代表格 リコリス)それが出来ないから貯まらないのだ。
Aは、学校卒業後、働きに出ることはなく、実家の農業が仕事だった。
50才前後の今まで、特定の女性も結婚相手も無く、日に数回、近所のスーパー前の自販機に缶コーヒーを買いに行くのが日課だった。
彼にとって、それが唯一の楽しみだったかもしれないが、
その不躾な視線から、老若を問わず、付近の女性には微妙な嫌悪感を持たれていた。
「しつこく振り返って見る様が、なんとなくキモチ悪い」というヤツだ。
私自身、Aとすれ違うのが鬱だった。
まあ、過去に、それらしい事件があったのも、原因の一つだと思う。
「ヒトの口に、戸は立てられない」
というが、この田舎で、何かやったら、一生語り継がれるのは間違いない。
インターネットは使えなくても、密に敷かれた「婆ネット」がある。
子供の頃にボヤを出したオヤジが、
老年になり、自宅付近の枯れ草焼きの最中にボヤを出したことがあった。
人々は、大昔のボヤ事件を持ち出し、「また、××が火事を…」
おいおい、半世紀前のボヤを持ち出すって…
殺人犯でも、模範囚なら仮出所してる年じゃないか?
とにかく、田舎は、閉鎖的で恐ろしいところなのだ。
田舎のプライバシーは、全く無いに等しい。
ウチの本館を見て、「自然一杯で、人情のある田舎に住みたい」
などと勘違いをしている人が居たとしたら、すぐに改めた方が賢明だ。
物事には、必ず、「表と裏」というものが存在する。
さて、本題だ。
半月ほど前だったか、朝、地区に救急車がやってきた。
その夕方、買い物先のスーパーで、Aが病死したことを知った。(←婆ネット加入?)
A宅の隣は、わんこ友達B宅、そこはA宅と親戚、その隣の家Cは、より濃い親戚である。
ついでにいうと、うちの向いの本家は、C宅と付き合いが深い。
これが、田舎に敷かれた「爺婆ネット」だ。
花撮りの途中、挨拶に寄ったB宅で、花の話をした後、世間話として詳細を知った。
親戚が、世間体の良くない内情をペラペラ話す場合、そこの家とは仲が良くない証拠である。
A家族の対応への憤慨も含め、誰かに話さずには居られなかったというのもあるだろう。
Aは、体を悪くして、食事もできない状態で寝ていたらしい。
その少し前、痩せこけたAが、ヨレヨレで歩くのが目撃されていた。
(「食事もできない」というのは、Aと病院で会った親戚CからBへ)
その朝、救急車を呼んだものの、既にこと切れていて、即、自宅へ帰された。
いくら偏屈でも、ケチでも、(トウが立ったとはいえ)子供が死ぬほどの病気なのに、病院へも連れていかないものだろうか?
「昨日まで元気で、朝死んでた」とかの突然死じゃないんだよ?
同居の父親は、車の免許を持っている。
老齢の今でも、日常的に軽トラを運転しているが、
父親がAを乗せて出かけるところは、付近の誰も見たことがないそうだ。
いくら頭が良くないとはいえ、Aは幼児ではない。
具合が悪ければ、タクシー呼ぶなりして、自分で病院くらい行けないか?という疑問が起きる。
実は、病院は行ったのだそうだ。(C宅証言)
しかし、診察の手続きができず、診て貰うことなく帰ったという。
いくら世間知らずでも、いい大人が、そこまで無知か?
とも思うが、そういうことを、同居の親が知らないハズは無い。
ならば、普通、親が同行しないか?
そう、親は、自分の子を(結果的には)見殺しにしたのである。
自分の子が、自分より、はるかに劣っていたから要らなかったのか、
単に金が惜しかったのか、何にも考えてなかったのか…
「要らない子」だったということだろう。
しかもだ。
虫の息で搬送される息子の付き添いを、父親は、即答で断ったという。
理由は「蚕(カイコ)の世話をしなきゃならないから」
おいおい、息子が死にかけてるんだが…
仮にだ。
要らない息子でも、まだ自分が生きてる以上、今後の世間体というものがあるだろう。
普通の人は、思っても、口には出さない。
もちろん、蚕は、そんな瞬間的に死ぬようなものではない。
父親が偏屈でも、普通、母親が付き添わないか?
「類友」というが、なんともはや…
病院から戻った遺体、話を聞いた近所の神主Mが(A宅は神道)
A宅へ駆けつけると、「××は死んでない。オマエなんか帰れ!!」
神主MとA父は、過去の神社建設と観音堂建設で、
地主A宅との意見の食い違いがあり、警察沙汰にもなり、以後断絶状態。
田舎特有の、地元の権力者同士の争いというヤツだ。
私から見ると、Mも、どことなく胡散臭く感じる人間ではある。
調子がいいとでもいうか…。
だが、そういう相手にでも、職務を果たそうとしたところは常識的と思う。
A父は、駆け付けた親戚も追い返した。
普段から、親戚は激しく疎遠。
A父は、親戚に財産を盗られると思いこんでいるらしい。
ドラマでありがちな、資産家の年寄りの定番的思考か?
一方、疎遠にされた親戚たちは、事情を知らない周りの人たちに
「A宅を村八分にするのは良くない」と苦言をされるそうだ。
結果、その後もろもろのことについては、
近所の「それほど敵対関係ではない」人が手伝ったらしいが、
仲がいいわけではないので、内情をこと細かに婆ネットに載せた。
そのあたりは、キリが無い非常識ぶりなので省く。
Aの葬儀は、地元の坊さんを呼び、町に出来たばかりの葬儀会場でおこなわれた。
あの家族に、あの息子、果たして、どれだけの出席者が居たのか…
全てに、鬱鬱とした出来事だった。
Aは、死後、地区の人々から気の毒がられているが、
死んでから言われても、なんだかねぇ?
私の主義は、
「誰かが死んでから、
何万回と墓参りにいき、墓石に語りかけても、豪華なお供えしても無意味。
会いたい人が居たら、一回でもいいから、生きてるうちに会え!」だ。
ちなみに、かくいう私の父親も、ここまでは酷くはないが、微妙に同類である。
過去に、ああいう事例で家族を亡くしててもアレでは、
例え、私が死んでも変わることはあるまい。
(叔父にまで断言されているし…)
なんだか知らないが、昨夜は、妙に寝苦しい日だった。
うとうとして、ワケの判らない夢を見、何度も目覚め、起きるとぐったり。
暑いというほどではないが、湿気が多かったからだろうか?
そして、今日、肌寒いのに、妙にムシムシする。
こんな日は、アレが出る。足が沢山あるアレだ。 同じく、足が沢山あるヤツでも、ゲジゲジは、キモいだけだからいい。
コヤツはダメだ。
いきなり天井から落ちてきて、問答無用で咬むから。コレに比べれば、足の無いヤツ(幽霊とか蛇とか)は、害が無いほうだ。
コイツが部屋に出ると、その後、三日は眠れなくなる。
寝る前に布団をはいで確認。
夜中に、カサリとでも音がすれば、飛び起きて確認する。
神経衰弱になりそうだ。
「アレ嫌い」な仲間は地味に多く、散歩中出会った人と、挨拶代わりに、
「昨日、アレが、××に出た!」『ウチも、一昨日出た!』と、暗号のような会話をする。
ちゃんと成り立っている辺りが凄い。
正午過ぎ、台所で、いつものように、母がブーブー言っている。
「タワシに付いてたらしく、湯を入れた桶に放り込んだら浮いてきた」
シンクの洗い桶に浮かんだ赤黒いソレは、長さ15センチほど。
大物だ。
ああ、また、アレのシーズンか…
さらに湿気が高くなった午後4時頃、ハーフ散歩に出た。
ああ、もう、ドクダミがシーズンだな…と。
何気なく、道沿いの溝を見た。
でた〜っ!!
ブツは、長さ20センチほどに見えた。
早足でどこかへ向かっている。
大嫌いなのに、なぜ、こうも奇遇に出遭う?
このときだって、1分も違えば出会わなかったわけで…
アナと比較↓

とりあえず、自室の四方に、ティシュで包んだ樟脳を置いた。
アレ除けにはなるが、臭いから、
人間も部屋へ入れない。 なので、最初は、半量くらいから始める。
樟脳の匂いは、三日もすれば、慣れて感じなくなるので、結果オーライ(?)
そうそう、この↑赤黒いタイプは、せいぜいこのくらいの大きさで、毒性も
それほどには強くない。もう1種の、
家屋に住みつくタイプ黒いヤツは、
もっと大型になり、毒性も強く、ショック死することもあるらしい。注 樟脳はあくまで樟脳であり、パラジクロルベンゼンの防虫剤では無い
この辺りだけなのか、なぜか、年配者の方が、樟脳を知らない。
雨の降り始めた夕方、2頭がコタツに集う
アナ、ネコ枕状態↓

連休中は、向いの国道の通行量をみて、本能の赴くままにヒッキー。
その間、続く暗いニュースに「…」
鬱の人のうちで、硫化水素が流行りらしい。
他人がはしゃいでいると、余計に落ち込むのだろう。
明けの今日、…って、もう「昨日」か。
所要で車を出した。
国道が見えるようなところではあるが、自宅前の道路は狭く、対向車が来たら、(いくぶんでも)広い所で待つような道だ。
当然、車の速度も低い。
数件先、右側の家の軒下で、黒い何かがバタバタしているのが視界に入った。
クロアゲハかな?
イヤ、なんか違う…
鳥? イヤ、なんで鳥が?
雛? にしては、まだ早過ぎる。
通り過ぎたところで車を停め、それを見に行った。
それは、燕だった。
片方の翼から体に掛け、べったりと、荷造り用のクラフトテープが張りついている。
飛び上がろうとしても飛べないので、地面でバタついていたのだ。
なんなんだ?
燕が、どうしてこんなことに??? とりあえず、燕を抑え込み、確認する。
翼は無事なようだ。
「大丈夫だから! 暴れるな!」
通じるわけないと判っちゃいても、つい、口に出る。
鳥は、あれで、結構兇暴なのだ。
元は爬虫類だろ? 当然といえばそうだ。
動物は「
仲間同士の喧嘩で、相手が降参しても殺すのは、鳥と人間だけ」
…と言われるくらいだ。
スズメとか、ヘタに掴むと、思い切り食いついてくるからバカにならない。
飼い鳥のセキセイインコとか、本気で怖いぞ?
巣箱から出た雛は、その瞬間に、家族ではなく、侵入者になるらしい。
ウチで、以前孵化させてたカップルは、私がちょっと目を離した隙に、朝方巣箱から出たばかりの雛鳥を食い殺したことがある。
雛は、自分の母親が攻撃してくることなど、意識の範疇外なので、反撃も、逃げもせず、鳴き続けていたようだ。
もちろん、以後は、巣箱から出てしまった雛は、時期前でも、即、隔離したが、「可愛そうなことをした」という想いは、今でも、記憶の底に、澱のように残っている。
言葉が通じたのか、意外にも、燕は、大人しくしていたので、テープの向きを確認し、羽根の向きに逆らうことなく、安全にテープをはがすことができた。
なんたって、鳥は、翼が命である。
軽い体で、ハイスピードで飛ぶ必要のある燕には、翼の羽根一枚でも折れたら命取りだ。
以前見た特集で、燕の体重は15gとか(だったか?)言っていたが、鳥とは思えない軽さだった。
あの体重に、テープ一枚でも付けたら、とても飛ぶことはできまい。
オク送付をしていると、紙一枚の重さを実感する。
テープ一枚の重量で、定型外重量オーバーになるのも稀ではない。
燕のテープをはがし、体を確認したが、一見では、損傷は判らない。
一瞬、連れ帰るべきか?と悩んだが、離してみたら、すいっと飛んで行ったから、無事だったんだろう。
しかしだ。
どうして、こんなテープが付くハメに?
テープの長さは30センチほど。
荷づくり用のテープをはがしても、燕に張り付くほどの粘着力は残っていない。
とりあえず、その場は所要を続行、その帰りに、その理由を知った。
さっき、燕が落ちていた家の軒に、何本ものテープがぶら下げてあるのだ。
ハエ捕り紙のように。
その傍にはCD板がぶら下げてある。
鳥除けだ。
ああ、そういうことか!
「ゴキブリホイホイ」ならず「燕ホイホイ」だ。
原因が判ると同時に、酷く、胸糞が悪くなった。
クソ婆、クソ爺、×ね!!(←そこの家のこと)
ウチの母は、どうして、こんなヤツと友達付き合いをするんだ?
そうじゃなくても、私は、そこの家の人に、いい印象を持っていない。
具体的に何をされた以前に、直感的なものだ。
まあね、私が呪わなくても、そこんチは、結構、不幸がてんこもりだが。
「
業は自分に還る」ってヤツさな。
燕は飛び去っても、「その意図」を見てしまってから、重苦しい気分だった。
口の中に、砂を突っ込まれたかの如く。
燕は、農業をしている人においては、益鳥だ。
だから、燕は、人の家の軒に巣を作り、ある意味、共同生活をしてきたから、他の鳥ほどには、人間を嫌わない。
どんな動物でも、たいてい、人間を嫌う。
ガラパゴス諸島とか、ごく一部の地域を除き、ほとんどの生き物から嫌われているということは、「とてつもなく、人間は悪い生き物である」ということの証しでもある。
この辺りの家は、「家が汚れるから」と、燕が巣を作るのを嫌う。
だから、この季節には、ひたすら、燕を追い払う。
まあ、そうではない家も、あるにはある。
知人の洋品店は、店の軒に燕が並んで巣を掛けていたが、下に段ボールを敷いて、見守っていた。
ホンの少し昔は、燕が玄関に巣を掛けたら、大事に見守ってきたものだが…
ちなみに、我が家も、大昔は燕が来ていたのだが、ある日、落ちた雛を巣に戻したら、何がどうだったのか、とんと、燕が寄り付かない家になった。
燕が来ていた頃は、玄関上のガラスの一部を切り取って、出入りできるようにしていた。
なぜか、世間一般では、「田舎の人は、純粋で、親切」などというイメージがまかり通っているフシがあるが、それは、大間違いだ。
純粋=時代についていけない、井の中の蛙的バカ
気配り、親切=他人の行動を見張り、触れまわるのが唯一の楽しみ
そういう面は確かにあるが、それゆえか、とても強欲だ。
だからこそ、催眠商法の類にひっか掛るのだ。
考えてほしい。
例えば、人気アイドルが、知らない人にプレゼントを貰い、それを好意と受け取っても、ごく当然のこと。
ちなみに、過去に、その手のキャッチセールが流行った時、私は十分に若かった。
見知らぬ男から、いきなりプレゼントを貰っても(それほどは)変でない程度には。
岐阜市内を車で移動していたら、信号待ちで後続車の運転者が降りてきて、声を掛けた。
「配送中の荷が余ったから、上げるけどどう?」
『要りません』
キっパリ断る私に、怯む男。
「本当に要らないの?」 ←普通は、それが何かを聞くらしい
『要りません』
その後も、そういうことがあったが、モノが何かも聞かずに『要りません』
私は、
欲しいものは命を賭しても欲しいけど、要らないものは、タダでも要らないんだよ〜!残念だったな。 ふん!
見ず知らずの人が、こ汚い婆に、タダでモノをくれるだろうか?
自分だったら、知らない人に、畑の屑野菜一つでも上げないだろうに。
ちなみに、そういう強欲な人が作ったくず野菜は、「道の駅」とかの施設で、ひと束いくらで売る。
お前らなんぞ、催眠商法でボッたくられてしまえ!!
やっぱり、
田舎は嫌いだ〜!!(その前に、自分が人間であること自体がイヤでしょうがないんだが…)
1日にでも早く、もう、人間やめてぇ…
写真は溜まってるけど、更新が間に合わないので、今日の1枚を壁紙サイズで
ヤブテマリ
